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2011年8月

2011年8月29日 (月)

岩木山の朔日山から帰宅しました。

Dscf8838 今年(8月29日)も岩木山の朔日山で、目出度くご来光を拝むことができました。午前5時頃に地平線から顔をだしたご来光の神々しさは何時もながら感動ものでありました。これで3年連続ご来光を拝むことになります。本当にありがたい事でありました。

●御来光に復興の祈り/朔日山
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110829134345.asp

Dscf8876 晴天が事前に分かっていたためか、例年になく大勢の参拝客が頂上に集まりました。私達のグループ10名も午前4時頃から所定の場所で待機しました。また、東日本大震災の関係で復興を願う若い人たちが目立っており、これまでの前期高齢者等の人達のためのご来光の雰囲気はありませんでした。北海道から南は九州まで、全国からツアーやグループで岩木山頂に若者が集合したのが今年の朔日山の特徴ではないかと思います。

2011inochi 28日に岩木山麓の神社を巡拝し、午後3時ごろに岩木スカイラインの駐車場(8合目)に到着しました。これまで駐車場にあった、休憩所や売店やトイレ等は解体されて更地になっておりました。その代わり新しい休憩所と売店が対面北西側に新築されて、展望台などがある施設に生まれ変わり、便利に利用できるようになっておりました。

Dscf8883ご来光を拝んで午前6時半頃に下山をはじめ、影岩木(影富士にならって)を見ながら午前9時頃に帰宅できました。体力が続く限り来年も岩木山の朔日山に行きたいと思います。

画像上:岩木山の山頂に建てられた「がんばろう! 東北」ののぼり旗。この旗は青森県西津軽郡鯵ヶ沢の中下町内会が奉納したもので、私の母の実家がある町です。

画像中:昨年に引き続き、ご来光を拝むことができました。五穀豊穣、家内安全、交通安全、東日本大震災の復興、大震災で亡くなられた方のご冥福を祈ってきました。

画像下:下山途中に見ることが出来た影岩木。岩木山の影が山麓に映ったものです。画像の上が世界遺産の白神山地です。

関連URL: ●2011年8月29日、岩木山の朔日山(ついたちやま)
http://www.jomon.ne.jp/~ja7bal/tuitachi2011.htm

2011年8月27日 (土)

8月29日は、岩木山の朔日山(ついたちやま)です。

Tuitachi37 29日は岩木山の朔日山(旧八月一日)です。毎年の行事なので28日から行って、山頂でご来光を拝む予定です。天気は大丈夫そうですね。昨年もご来光を拝むことができました。

☆2010年・岩木山の朔日山(ついたちやま)
http://www.jomon.ne.jp/~ja7bal/tuitachiyama.htm

霊峰 岩木山の「お山参詣の祝詞」サイギサイギ 
http://homepage1.nifty.com/ja7bal/saigisaigi/saigisaigi.htm
【お山参詣祝詞】
サイギサイギ(懺悔懺悔)ドッコイサイギ(六根懺悔)オヤマサハツダイ(御山八大)
コウゴウドウサ(金剛道者)イーツニナノハイ(一々礼拝)ナムキンミョウチョウライ(南無帰命頂礼)

Tuitachi34 今年は、東日本大震災の復興、世界と日本の平和、五穀豊穣、家内安全を願ってくることにします。もちろん、大震災の大津波で亡くなられた多くの方々のご冥福も祈ってきます。明日は、岩木山麓の大石神社、赤倉神社、巌鬼山神社、黒滝神社などに参拝しながら岩木山の頂上をめざします。

2011年8月24日 (水)

2011年8月24日の弘前公園(蓮の花は終了)

Dsc02403 昨日は一日中雨が降っていたが、今朝はようやく晴れて曇り空となったので、弘前公園まで散歩に出かけることにした。西濠から西の郭、蓮池から二の丸、四の丸から護国神社、桜のトンネルと回って来ました。今朝未明まで雨が降っていたために、散歩道のあちこちに水溜りができており、雨水を吸った砂利道を歩くとスニーカーが濡れておりました。なお、園内では歩道の真ん中あたりだけを舗装する道路工事がいたるところで実施されおりました。

Dsc02399 今年は、お盆の8月13日ころまで雨が降らず、水がめの目屋ダムの水位が下がり、底に溜まっている水を緊急放流して渇水対策を取っておりました。津軽一帯の水田では番水制をとって水不足に対応しておりました。しかし、14日以降、低気圧から出る前線が青森県の上空に停滞し、今日まで十分な降雨があり、目屋ダムの水位も85%まで回復し、弘前地方の水不足が解消され、水田も通常通りの配水にもどりました。

Dsc02402 また、弘前城築城400年記念関係の行事も、花火大会も、ネプタ祭りも無事に終了することができました。これから、秋に向って色々な催しが開催されますので、是非、通常運行に戻った東北新幹線を利用して弘前の観光にお出でください。

Dsc02408 西の郭付近にある蓮池の蓮の花は既に終わってカタク(花托)だけが目に付いておりました。それでも遅咲きの蓮の葉を数個発見することができました。今シーズンの蓮の花はお終いと言う事です。

●2011年8月24日の弘前公園の状況
http://homepage1.nifty.com/ja7bal/20110824.htm

我が家の緑のカーテン

Dsc02411 省エネ対策の一貫として、我が家の南側に園芸用のネットを張って、朝顔やフウセンカズラや色々なつる性の植物を植えて緑のカーテンを作りました。南側には居間の窓があり、エアコンの室外機がある場所なので、緑のカーテンを作れば幾らかでも省エネになるのではないかと思ってトライしました。

Dsc02412 今年が初めての試みでしたから、まだまだ要領が悪く、見てくれも良くありません。来年は今年の経験を生かしてもっと上手にやろうと思っております。他には、ソーラーパネルによる非常用自家発電装置を作って実験しております。これも、停電対策や携帯電話の充電、デジカメの電池の充電、時には室内照明に使用して消費電力削減に努力しております。

Dsc02420 また、西側の壁には、ブラックベリーなどを植えて西日をしのぎました。今年が初めての体験でしたので、あまり上手く行きませんでしたが、来年に向けてこの経験が役だと思います。緑のカーテンにより少しは室内が涼しくなったような気がしております。

Dsc02423 ●我が家の緑のカーテン
http://www.jomon.ne.jp/~ja7bal/greencurt.htm

2011年8月22日 (月)

準優勝の光星学院、甲子園メンバーが飲酒をしていた!

Dsc00607 今回、甲子園の高校野球で準優勝した「青森県代表の光星学院」ですが、野球部のメンバーのほとんどが「関西出身」であり、青森県民はそれを「外人部隊」と呼んでおります。「青森山田」も同じですが、これも勝つためには仕方がないこどなのだと思っておりました。

★甲子園準優勝メンバー3人が飲酒 光星学院高の野球部員
http://www.47news.jp/news/2011/08/post_20110822173502.html

しかし、マナーとか礼儀作法とか、教育の一部としての野球(忍耐と努力と思いやり精神の育成)である事から悦脱して「勝てば何をしても良い」と言うような教育をしていたのでしょうか。まして、模範生となる野球部員が飲酒するとはもってのほかであります。聞くところによると外人部隊の「光星」や「山田」の野球部員は甲子園に行くことを「お盆に帰省」するというような感じでいるのだということでした。

青森県の為とか、大震災のためとは思っていなかったのではないのでしょうか。とうとう野球留学の弊害が出てしまいました。相撲で言う「心技体」は、高校野球にも当てはまると思うのです。高校には相撲部や野球部を含め、多くの運動関係の部活がありますが、いずれの運動部も教育の一環として存在している訳です。

スポーツであるからには勝敗はつきものですが、心身の鍛錬の場であるのです。勝負も大切ですが、それ以前に人間としての社会常識、教養、知性を磨く必要があると思うのです。それが疎かにされていたのであれば重大な問題であります。

今回の「光星学院の準優勝」を喜んだのも束の間でありました。でも、「甲子園メンバーの飲酒問題」で幻滅を感じてしまいました。高校野球を青森県出身者だけで試合に望んでも勝てないことは分かります。だからと言って90%も県外出身者で野球部を構成し、ベスト8や準決勝まで行って、「光星学院」、「青森山田」の名を売らなければ生徒を集められないことも理解できます。しかし、常識として物には程度と言うものがあるでしょう。

もうこの辺で、野球留学(外人部隊)についての弊害を防ぐために、「野球部のメンバーは地元出身者を6割以上とする」という規則でも制定しなければならないのではと思います。そして、私立、市立、公立等の3グループに分けて試合をさせ、各グループの勝者3校で県代表を争わせるような新しい制度の検討も必要となるでしょう。

このままでは、永久に青森県の高校野球の代表は私立の「光星学院」または「青森山田」の外人部隊に限定されてしまう事になるでしょう。おまけに光星の監督は関西出身ですから何おかいわんやです。卓球もバドミントンも野球も、その他の高校のスポーツも外人部隊で構成された「青森県代表」が目立っている現状を憂いるばかりであります。

2011年8月20日 (土)

42年ぶりの決勝進出だ、がんばれ光星学院!

42年前に太田投手を擁して松山商業と死闘を繰り返して準優勝に泣いた三沢高校(青森県代表)以来の決勝進出です。何とか日大三高を破って優勝してほしいものです。これまで深紅の優勝旗が福島県の「白河の関」を越えたことが無いと言われてきましたが、このジンクスを打ち破っていただきたいものです。

本日は午前九時半から甲子園球場で夏の高校野球の決勝戦が行われます。「光星学院」青森県代表と西東京代表の「日大三高」の試合であります。青森県民としてはなんとしても「優勝」してほしいと思っております。東日本へ元気を与えることや、東北全体の代表として「ばんばれ東北!」にもっと勢いをつけて欲しいからです。優勝することによって「東日本大震災」で被災した人たちにパワーを与え、災害の復興にプラスになれば何物にも変えられないことだと思うからです。

北東北勢では光星学院と共に遅くまで残っていた、秋田県代表の能代商が第3試合で如水館(広島)と対戦しましたが、1-1のまま延長戦にもつれ込み十二回で力尽きました。しかし、最後まで諦めないと言う良い試合でした。今回は東北勢の活躍が目立ちましたが最後の仕上げとして東北でただ一校勝ち残った「光星学院」に是非優勝してほしいと思っております。

頑張れ光星学院!  がんばろう東北!   がんばろう日本!

●光星、県勢42年ぶり決勝進出/甲子園
http://www.mutusinpou.co.jp/news/2011/08/17590.html

2011年8月17日 (水)

CO8LYのカードの受領とST0Rの結果報告です。

Co8ly 今日は、朝から雨が降っております。気温も昨日と打って変わって23℃で涼しく感じます。扇風機もエアコンも要りません。昨日までの暑さは何所へ行ってしまったのでしょう。雨のお陰で弘前地方の水不足は解消されました。昨日と今日の雨は津軽地方にとっては恵みの雨となっております。

さて、本日はキューバのCO8LY局のQSLカードを航空便で4ヶ月ぶりに受け取りました。この局は、毎日定時に10メガ(10.104MHz)の電信と14メガのSSBなどにオンエアしてCQを発射し、日本の局を好意的に呼んでくれる局として良く知られております。

Co8lydata スペインのEA7ADHがマネジャーを務めておりますが、QSLカードのコンファームに時間がかかるのが難点であります。今回は2011年4月23日の08:46UTCに電信で交信した分をゲットすることができました。私にとってCO8LYは、電信モードではNewとなっております。過去にCO2HB、CL4RCBとSSBで交信してカードをいただいております。

St0r 一方、ST0Rは7メガと28メガでの交信はできませんでしたが、10メガから24メガまで交信することができました。当初はワンモードでワンバンドと思っておりましたが、ローカル局が頑張るものですから、つられて毎日チャンスがあれば呼んでおりました。しかし、TY1KSは昔のカード(Benin/TY9ER,TYA11)がある事から、とうとう一回も呼ぶことなく終わってしまいました。

お盆に入ってからはDX局に目新しい局が聞こえなくなっております。今朝は、CT9/IZ2DPX,OJ0UR,RI1FJA,5N7Mなどが聴こえておりましたが、全て以前に交信済みであることから、ワッチのみで終わりました。

それよりも青森県代表の光星学園が準々決勝で東洋大姫路を2-1でくだした試合を見て興奮しておりました。happy01
★光星11年ぶり4強 東洋姫を2-1
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110817120502.asp

光星4強進出、八戸から熱い声援

2011年8月15日 (月)

終戦記念日に思うこと

今月は太平洋戦争に関する記念日が目白押しの月です。8月6日が広島原爆記念日、8月9日が長崎原爆記念日、そして、本日の8月15日が終戦記念日です。太平洋戦争では約310万人もの尊い命が戦火に散りました。改めて、戦争とは言え、遠い異国の地で不本意ながら死んで行かざるを得なかった人達に思いを馳せ黙祷をいたしました。合掌。

前の戦争では軍人よりも船員の死者が多かったと言われております。私が船乗り時代に、太平洋戦争に軍属として従軍し、貨物船による物資輸送に携わった先輩からの話を聞いたことがあります。それによると、この戦争で船と共に戦死した船員は、軍人の死亡率よりも高かったと言っておりました。

●船員の死亡率:38.8%  ●陸軍:24.4%  ●海軍:16.5% の順であったそうです。英国では、船員の戦時中に於ける功績をたたえ、戦後に、船員の待遇改善に国家的見地から施策を講じたと言われております。しかし、戦争に負けたとは言え、日本は同じ海運国でありながら、その後の船員に対する処遇が如何にお粗末であったかは、現在の船員政策を見ても理解できるとおもいます。なにも船員や海運の政策に限ったことではございませんがね。

★船乗りの発言「戦争と船 乗り」
http://www.jomon.ne.jp/~ja7bal/sensou.htm

私が思うに、終戦は「敗戦」でしょうし、進駐軍は「占領軍」であったのだと思います。実質的にはアメリカとの戦争であった訳ですから、敗戦後、アメリカ軍が日本を占領するのはごく普通のことだったと思うのです。昭和20年の8月15日以来、日本はアメリカに占領されたままです。

それが証拠に、現在でも「ジャパンハンドラー達」が闊歩して日本の政治を牛耳っておりますし、在日米軍(駐留軍)は日本から撤退しようとはしておりません。似非民主主義(形だけの民主主義で本当は官僚独裁国家)を押し付けられ、似非法事国家(でっち上げで何でも有罪にできる検察特捜部の暴走)、そして実質的な旧日本財閥の復活などアメリカの都合の良い形で日本を自由に操作できる体制を66年掛けて構築されてしまった日本国があります。

日本は形だけは独立国家となっておりますが、アメリカの同意なしでは何もできないのです。そのために、日本の首相が新しく就任すると必ずアメリカに行って挨拶をし、ついでにアメリカに従うように言い含められて帰ってくるのが通例となっているのです。そのために、日本の将来像を描くことができないのです。なにしろ、アメリカの属国ですからね。未来も将来もあったものではありません。

戦時中は撤退を「転進」とし、戦争に負けると「敗戦ではなく終戦」だと言い、「占領軍ではなく進駐軍」と言わせるのですから、大変な嘘つき国家であったわけです。いずれにしても、調査捕鯨の妨害を受けることも、竹島や魚釣島が韓国や中国との間で領土問題を起こしている事も、そして、国連では高額な分担金を払っても重要な地位に付けない(敵国条項)のも、首相がコロコロ変わるのも、TPP問題も、いまだにアメリカの属国(植民地)であることが原因なのです。

第二次大戦の連合国にとってはいまだに日本は「敵国」となったままでありますから、何時まで経っても独立はできないのです。8月15日は、太平洋戦争の「敗戦記念日」であり、アメリカ軍に占領された「占領記念日」でもあるのです。日本がどんなに頑張ってもアメリカには逆らえないし、国連では敵国として高額な分担金を払い続けてざるを得ないのです。

「アメリカが咳をすると日本は急性肺炎になる」という例えは真に適切な言い方であります。世界に冠たる「日本国憲法」を守って、世界が認める独立国家として生きて行くためには、どうしたら良いかを考える8月15日でもあります。

2011年8月14日 (日)

お盆休みに思うこと・・・。

Dsc01541 年金の不足分を補えるので、12日までアルバイトをしておりました。13日は朝早く墓参りをすませて仏壇に供物をあげ、灯篭に点灯してご先祖様の霊を迎える準備をしました。お昼近くに兄弟姉妹が来ましたので昼食を共にしました。夜は迎え火を焚いてご先祖様を迎えました。

お盆休みと言っても貧乏人の長男は色々とやることがあり、ゆっくり休んで何かをするということはありません。ご先祖様の霊を送り出す日まで気が休まらないのです。毎年の行事ですが年に一度、ご先祖様に感謝し、兄弟姉妹が久しぶりに会ってにぎやかに過ごすことは何物にも変えがたいものでありますが、甥や姪にお小遣いをやらなければいけませんので出費がかさむ期間でもあります。

Dsc01547 お盆が近づくと民族の大移動が発生し、首都圏から実家のある故郷へ帰る帰省ラッシュが始まるのもこの時期です。列車も航空機も混み、高速道路などでは長い渋滞が続きます。いくら省エネ、節電とは言ってもこの民族大移動のためにで無駄なエネルギーを消費しなければならにことは真に残念なことであります。

お盆と言えば毎年のことですが、「高校野球」をテレビで観戦しながら飲食をすることが多くなります。これも省エネや節電にはならない習慣ではないでしょうか。長時間エアコンを作動させてテレビで高校野球の中継をみることは節電には大敵でしょう。おまけに、冷たいビール等を飲みながら飲食をするわけですから、大変なエネルギーを消費している事になります。

福島の原発事故でほとんどの原発が止まりつつある現在、電力不足を補うために火力発電所が復活しておりますが、これによる二酸化炭素の排出も増加しております。電力が不足しているのであれば高校野球を夏ではなく秋に開催するようにすれば良いものを国民的行事ということで何時もの通りに実施しております。これではいくら政府が節電に協力してくださいと言っても説得力がありません。

Dsc01568 猛暑が続く夏、しかも電力不足の非常事態であり、東日本大震災の復興が遅々として進まず、福島の原発事故の収拾もはっきりしない現状、そして、経済不況の真っ只中にある状況で「節電を声高に言っている」くせに、電力の消費が大きい夏、それもお盆のシーズンに高校野球を通常通りやって良しとしている高野連の考え方に、私としてはどうしても賛成できないでおります。

お盆のシーズンには、帰省のためのマイカーが消費するガソリンは膨大なものとなるでしょう。まして交通渋滞がおきればなおさら消費が増大します。そして、高校野球をこのシーズンに開催することで甲子園に向けて野球部員が移動するためのエネルギー、宿泊や練習するためのエネルギー消費が増大します。試合では夜間照明が必要になるでしょうし、野球中継による電力の消費や自宅でテレビ観戦するためにエアコンやTVの電力の消費が増加します。

Dsc00726 しかしながら、お盆休みは学校の「夏休み」も重なっております。全国的に学校が休みのために、その分エネルギー消費が少なくなります。学校の電力消費の減少、生徒を学校へ送迎する自家用車の減少、学校給食関係のエネルギー消費の減少、先生方の通勤のための自家用車の減少などは節電や省エネにつながっております。その分のエネルギーを高校野球やお盆の帰省に振り向けているから、差し引きトントンではないかということもあります。

省エネと節電に有効な制度として、学校の夏休み、企業のお盆休み、時差出勤、超クールビズ、勤務時間の変更などがあり、逆にエネルギー消費の増大や電力消費の増加になるのが、お盆の帰省ラッシュ、お盆シーズンの高校野球やプロ野球の中継、無駄なテレビショッピングの深夜放送、エアコンの使用頻度の増加があります。これらが複雑に絡み合って何とか世の中が動いているのでしょう。

Dsc00765 結論として、なにもこのシーズンの帰省ラッシュや夏の甲子園の高校野球の実施に目くじらを立てることは無いと言うことになります。「籠に乗る人担ぐ人、そのまたワラジを作る人」といわれますが、世の中は上手くバランスを取って進んでいるのですね。お盆はまだ数日続きます。残りのお盆休みを大いに楽しみたいと思います。では・・・。

2011年8月11日 (木)

集団就職と「金の卵」世代の一人として(再掲載)

集団就職と「金の卵」世代の一人として 2009年05月24日07:37 に掲載したものです。この記事は一度削除しましたが、要望がありましたので再度掲載します。

Img010 昨日(23日)の10時5分、「NHKアーカイブス 集団就職列車・15歳の旅路」で昭和39年当時の集団就職の映像を流していた。まさに私達の年代が中学校を卒業した頃(昭和35年)に近い映像であり、懐かしくも切ない思いでその映像を見ていた。昭和30年代以降、日本の経済成長を陰で支えた我々の仲間は「金の卵」と呼ばれ、格安の労働力として珍重されたのである。私達は集団就職で関東方面に行く先輩達の見送りに狩り出され、近くの停車場(JRの駅)まで見送りに行った時のことを今でも鮮明に覚えている。

当時の大卒の初任給が21000円の時、中卒の金の卵の初任給は7000円だったと報じていた。しかし、今のワーキングプアと違って、中卒で頑張れば独立ができて、ノレン分けなどの習慣があり、将来への夢と希望が持てたものである。また、その頃の上野駅の18番ホームには、早朝、東北からの集団就職の生徒を乗せた列車(SL:Steam Locomotive 蒸気機関車)が数多く到着していた。(青森からは急行十和田号など)

Kousyou10 昭和30年代と言えば、青森県の県民所得は今も同じだが全国最低レベルにあり、進学率も最低であったのである。そのために津軽地方では、中学校を卒業すると関東や近畿地方に就職するのが普通であった。我々の仲間達も数多く集団就職列車のお世話になったものである。当時、同期生の内で高校へ進学することができた同級生は半分もいただろうか。ほとんどは「金の卵」として集団就職をして行ったのである。

当時のことを私のホームページで「ああ上野駅と集団就職」と題して掲載しているが、こちらへも再度記載することにした。
参考URL:http://www.jomon.ne.jp/~ja7bal/shi.htm#uenoeki

2004年4月4日、「4」が三つ並ぶ日の日曜日に地元紙の社会面を読んでいた。そこには「集団就職列車」に関するコンサートが東京の浅草公会堂で2日の夜開催されたという記事が載っていた。記事によれば井沢八郎さんがヒット曲の「ああ上野駅」を千人の観客と共に熱唱したという。「金の卵」と呼ばれた地方出身者たちの応援歌であるこの歌は、昭和39年に流行した私の応援歌でもある。

Copy008 還暦を迎えた今、この記事を読みながら、私もこの曲を聴き、東京で新聞配達をしていた頃のことを懐かしく思い出したのである。当時はどこの家庭も貧乏であったから、進学するにしても牛乳配達や新聞配達などをしながら学費を稼ぎ、苦学するのが当たり前の時代であった。東京オリンピックが開催されていたこともあり、華やかな東京ではあったが、午前3時に起床して350軒に新聞配達をしなければならなかった私にとっては、その華やかさも中ほどであったことを覚えている。

この時代は、中学校や高校を卒業すると同時に東京方面や名古屋方面の会社に就職するのが普通であったが、私はたまたま好きな趣味を生かして無線学校へ進学するのための上京であった。しかし、同級生のほとんどは「金の卵」や素直で真面目な低賃金の若年労働者として会社に雇われるための上京であったのである。日本の昭和40年代~50年代の好景気を支えたのは、まさに「金の卵」と称された私たちの仲間である。

思えば、昭和38年3月に東京の無線学校へ入学するため、青森駅発の夜行列車である急行「十和田号」に乗って上野駅へ向かったのである。蒸気機関車に引かれた急行列車は上野まで12時間程度の時間をかけ、翌朝、上野駅の18番ホームに到着した。私は、迎えに来ていた新聞販売店の主人と共に港区霞町(麻布笄町)にあった新聞販売店に行ったのである。

翌日から、配達先を知るために先輩と一緒に自転車で走り回ったのであるが、右も左も分からない東京で慣れるまで大変な苦労をしたことを覚えている。住み込みであったから、食事と住む所は確保できたが、新聞配達と集金業務および学業の両立は思いのほか大変なものであった。そんな中、井沢八郎さんの「ああ上野駅」が流行したのである。

Img005 くじけそうになった時、この歌詞にはずいぶんと励まされたものである。舟木一夫さんの「高校三年生」も私の応援歌の一つではあるが、「ああ上野駅」は郷土、弘前出身の歌手である井沢さんの歌でもあり、特別な思いを抱いて聴いたり、歌ったりしたものである。「どこかに故郷の 香りをのせて・・・」、昭和40年11月までの間、この歌は私のためにあったと言っても過言ではない。

そして、「金の卵」や「ああ上野駅」の話題の陰に、「方言撲滅運動」があったことを忘れてはならない。私が小学校時代(昭和27年~32年)の高学年のときに、方言撲滅運動を経験した。それは、学校にいる時間は津軽弁を喋ってはならないことであった。

受け入れ先の雇用主達が東北からの中卒者は訛りが強くて会話に支障がある。学校で方言を使わないように教育してくれと言って、文部省に圧力をかけたのだと言う。そのため、何時の日かからは知らないが「方言は汚い言葉、教養が無い人が話す言葉」と言われるようになり、地方では方言が衰退してしまったのである。

(注)
井沢八郎:2007年1月17日午後11時18分、食道癌のため自身の転機の地でもある上野の永寿総合病院にて死去。享年71(満69歳没)

●NHKアーカイブス 日本 くらしの記憶
http://www.nhk.or.jp/archives/kurashi/library/koukai.html#1970_011
ドキュメンタリー「最後の集団就職列車」 1975年3月28日放送(30分)

★井沢八郎 「あゝ上野駅」 youtube
https://www.youtube.com/watch?v=nt1LtxgScts&feature=player_embedded

参考:wikipediaから引用)
東北地方からの集団就職者の愛唱歌としても知られるこの「あゝ上野駅」は1964年にリリースされ、爆発的なヒットとなった。戦後日本の歴史に残る名曲として位置付けられており、2003年には上野駅の駅前に「ああ上野駅」の歌碑が完成。
集団就職経験者を始め、昭和30年代~昭和40年代にかけての高度経済成長時代を生きた、多くの団塊世代と呼ばれる人々の想いと共に、永くこの歌が刻まれることになった。

2011年8月 9日 (火)

弘前地方は水不足と猛暑が続いております。

Photo 7月の後半から8月9日の本日まで雨らしい雨は降っておりません。弘前の水がめの目屋ダムも干上がって、底の水を緊急放流し、相馬ダムも完成以来初めてだという毎秒1トン程度の緊急放流をしております。田んぼの水は番水制となっており、十分な水が供給されておりません。

★相馬ダム緊急放流も農業用水なお不足
http://www.mutusinpou.co.jp/news/2011/08/17383.html

その上、8月には入ってから毎日が猛暑酷暑ですから、水も電気も大量に消費されれおります。こうなると節電にも限界がでてきます。いくら、節電だといっても体調を崩してまでやることはないと思います。私は扇風機2台で頑張ってきましたがもう限界でエアコンを稼動させております。

★気象庁の気象統計情報で青森県の8月の気温と降水量
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/summer.php?month=8

今日の午前十時ころに私の室外ディジタル温度計で直射日光にさらされている窓際で温度を測定したら摂氏38度近くを表示しました。室内は31度もあります。昼近くになると昨日とおなじ35℃になるでしょう。エアコンの温度設定を29度にしておりますが、なんとか室内でしのげる温度になっております。

新聞報道によると昨日は消費電力が供給電力の98%まで達した事から、東北電力は電力不足で東京電力に電力の融通を依頼したという。この暑さではエアコンを使わざるを得ませんから仕方がないことでしょう。青森は「ねぶた祭りが終われば秋風が吹く」という言い伝えがあります。

しかし、このところの気象現象はその通りにはなっておりません。ただ単に、異常気象だからと一言では片付けられない何かがあるのでしょう。

★東北電、東電から110万キロワット 融通受電を拡大、供給綱渡り
http://www.sankeibiz.jp/business/news/110809/bsd1108090724001-n1.htm

政治の混迷、外交政策の失敗、原発事故の収拾の遅れ、放射能汚染地域の除洗の遅れ、災害復興の遅れなどで、日本は糸の切れた風船のように漂っております。政治も経済も三流どころか世界から見れば「アメリカのポチ」としか認識されていないのです。あれもこれも菅首相が辞めないのが悪いといっておりますが、菅首相は「裸の王様」ですから取り巻きが何とかしなければならないのです。

でも、その取り巻きも同じようなものでポリシーがありませんから、右往左往するばかりで野党を含めて首相を辞任させることができないでおります。アメリカの属国ですから、菅内閣を潰さないようにジャパンハンドラーが動いていることは周知のことです。なにしろ、首相官邸にアメリカの政策マンが居座って指示しているというのですからねぇ。それもあって取り巻きも下手な動きができないのでしょう。

話は弘前地方の水不足と猛暑にもどりますが、目屋ダムのある白神山地に雨が降らないと水不足解消にはならないのです。弘前に住んで36年になりますが、こんな年を経験したことがありません。やはり、温暖化現象の影響なのでしょうか。北海道で米作やリンゴ栽培が良好になり、青森県でもミカンが栽培でき、サクランボの栽培盛んになってきました。静岡県や山形県あたりの農作物や果樹が青森県で栽培できるほど温暖化が進んだと言うことでしょう。

雨も私が船乗り時代に経験した、南太平洋でのスコールとおなじ状態の局所的な豪雨が頻繁に発生するようになりました。そして、竜巻の発生も珍しくない状態になっております。卯年は災害が多いと言いますが、今初冬の豪雪、東日本大震災、巨大津波、地震の多発、台風や大雨による洪水、広範囲な水田の冠水、大規模な土砂崩れやがけ崩れ等々、まだまだ自然災害が続くようであります。

この後は大型台風による被害が予想されます。台風10号以降の台風に注意が必要でしょう。この台風が雨台風となり、青森県に雨を持って来て欲しいのですが、強風によるリンゴの落下被害が心配だし、降りすぎて水害がでることも予想されますから、来て欲しいような来られては困るような複雑な心境であります。

2011年8月 4日 (木)

FJ/OS1T Saint BarthelemyのQSLカードをゲットしました。

Fj_os1t 今日は朝から気温がグングン上がり、室内は湿度が72%で、気温は31度であります。もう、ぐったりであります。エアコンは使わずに扇風機2台で頑張っておりますが大変暑いです。弘前地方はダムに雨が降りませんので目屋ダムが緊急放水し、相馬ダムも放水を始めました。市内では市役所の車が節水を訴えて走り回っております。

田んぼの水も番水制を取って代わる代わる水を供給している状態です。南では洪水で大きな被害が出ておりますが、青森県の弘前地方は水不足で渇水対策が各所で行われております。皮肉なもので雨が必要な所には降らずに、不要なところにはゲリラ豪雨を見舞って水害を発生させておりますが、自然の気ままさには勝てませんね。sad

さて、南スーダンは今朝も午前5時から7メガの電信で呼んで見ましたが駄目でした。おまけに午前6時になったらSSBに切り替えて居なくなってしまったのです。SSBでは国内の混信のため、呼ぶ気にもなれませんでした。今回ゲットしたFJ(Saint Berthelemy)もオンエアした当時は交信できませんでしたが、1年後には2回も交信できたのですから、ST0Rの7メガもいずれ時間が経過すればOKとなるでしょう。happy01

Img229 また、今日の昼に「Saint Barthelemy」のQSLカードを航空便で受領しました。FJ/OS1T局とは5月20日に14メガのRTTY(印刷電信)で交信しましたものです。QSLマネジャーがベルギーでしたから受けとまで結構時間がかかりました。サンバルテルミーとは以前に「TO7ZG」とも交信しましたので、カードが2枚になりました。eye

しかし、暑いですねぇ~! 異常な暑さには勝てませんから、昼食後に少し仮眠します。

2011年8月 3日 (水)

今日までのST0Rとの交信の結果報告です。

St0r 7月22日から運用が始まった南スーダンのアマチュア局「ST0R」も残り1週間程度になりましたが、当局は本日までまぁまぁの成果を上げることができました。10メガはCW、14メガはCW/SSB、18メガはCW/SSB、21メガはSSB、24メガはCWでの交信となっております。

今日の朝は5時頃から7メガの電信で呼んで見ましたが設備が弱小ですから、カスリもしませんでしたので途中で呼ぶことを諦めました。まだ、7日間ありますのでそれまでには何とかなるのではと希望的な観測をしております。ネバーギブアップです。(^^;

Zf2ah 昨日は、ZF2AH(Cayman Islands)のQSLカードが航空便で送られてきました。7月3日に21メガの電信でQSOしたものです。以前にはZF2AU,ZF1GCPとも交信できておりますから、このエンティティのQSLカードは3枚になりました。

また、昨年の11月に10メガの電信で交信したZD9T(Tristan da Cunha)のカードも受領しました。ZD9は他に、ZD9GHやZD9YLとも交信してカードを得ております。

Zd9t このごろは、暑さとST0Rを追いかけることで寝不足気味ですので、昼過ぎに仮眠をして体調を維持しております。残すことろ7メガの電信ですが、「なでしこジャパン」の諦めない気持ちをもってアタックしたいと思っております。gawk

2011年8月 2日 (火)

街の駅「あるびょん」でのおもちゃの出張修理報告です。

7月31日につがる市木造の街の駅「あるびょん」(津軽弁であるかも知れないの意味)で弘前おもちゃ病院の出張修理が行われました。修理依頼が想像以上に多くて48件にもなりました。5人の修理ドクターで対応しましたが、即日修理完了が24件、入院が19件、修理不能が5件となりました。

当日は、LED懐中電灯の修理、27MHz帯のラジコンカーの修理、アンパンマンのピアノ、電子オルゴール(ジオラマ)、DVDテレビゲーム(任天堂 Wii)などの修理を担当しました。LED懐中電灯はLED基板とマイナス側となっているケースとの接触不良で、半田上げして修理完了しました。ラジコンカーはモーター側の電池が消耗したもので、乾電池を新換えして修理完了です。

アンパンマンのピアノも単三乾電池4本の中の1本が液漏れしていたもので、液漏れで腐食した電極を研磨清掃し、乾電池を交換して修理完了しました。電子オルゴールは電源スイッチの接触不良だとおもっていたのですが、どうやっても音が出なかったので持ち帰って修理することにしました。

つぎは、任天堂のWii(DVDテレビゲーム)ですがリモコン(コントローラー)を傾斜させるとその方向に画面の自動車が方向を変えるというものでした。
★任天堂 Wii TVゲームのコントローラ
http://www.nintendo.co.jp/wii/controllers/

Wii このDVDゲーム(Wii)はコントローラーの故障で、傾斜させても画面が変化せず、方向指示ボタンを押しても方向が変わらなくなったというものでした。コントローラーを分解して見ると押しボタンの下にある導電ゴムの導通が劣化のため接触不良になっており、他にも半田付け不良箇所がありましたので、導電ゴムのスイッチとスイッチ基板を研磨清掃し、不良箇所の半田上げで修理を完了させました。

TVの入力切替をVTRにして「Wii」の動作試験をしましたが、2台のコントローラーは異常なく動作しておりました。時間まで修理できなかった修理依頼品は持ち帰ることになり、私は4個持ち帰ることにしました。すなわち、入院の措置をとることにしたわけです。

Dsc02393_2 4個の内訳は、リモコンが不良のショベルカー、ジオラマツリーDX(電子オルゴール)、40MHz帯のラジコンカー、そしてアンパンマンのカードで楽しくABC Beenaです。リモコンのショベルカーは、コントローラーの電極の接触不良と錆びが原因でした。電極を研磨し、接点を修整すると共に磨き、半田付け直しで修理を完了しました。

ジオラマツリーは、クリスマスのジングルベルとサンタが町にやってくるの曲が入った電子オルゴールですが、全く音がでてきません。説明書にはランプが点滅しながらメロデーが流れるとありましたが、点滅もしませんし、音が全く出ません。そこでよく回路を点検したところ、トランジスタのS8550のベースにバイアス用の抵抗が付いておりませんでした。そこで1kΩの抵抗でバイアスをかけてやるとランプが点滅してメロデーが聞こえ出しました。

Dsc02394_3 つまり、トランジスタのベースに固定バイアスをかける抵抗が1本欠落していたことになります。修理依頼者も買ったときから音もランプの点滅もしていなかったということでしたので、出荷段階の点検が不十分でなかったのではないかと思っております。もちろん中国製です。

Dsc02395_2 次の40MHz帯のラジコンカーは、ただ単に乾電池の消耗が原因でした。コントローラーの9Vの積層電池は良好、車の受信機用の単三2本も正常、問題はモーターを回転させる乾電池が2本消耗していただけでした。修理と言うものではありませんでした。乾電池を新しい物に交換して復旧です。

Dsc02396 最後は、TV画面に映像を出して学ぶアンパンマンのカードでたのしくABCのビーナですが電源が入らないと言うものでした。ところが、ACアダプターで動作させると正常に動作するではありませんか。しかし、乾電池で動作させるための乾電池が本体には挿入されておりませんでした。修理依頼者は、乾電池が入っているものと思い込んで、ACアダプターを使用しないで電源スイッチを押したために電源が入らなかったのだと推測しております。

これも、故障と言うものではなく、ただ単に乾電池が入っていなかったというものでした。以上で報告をおわりますが、修理の90%は電源(乾電池)に関するものでした。すなわち、乾電池の消耗、液漏れ、電池ケースの液漏れによる電極の腐食と錆びであります。よって、おもちゃが故障したら、乾電池を疑った方が故障発見を早めることにつながります。

街の駅「あるびょん」では、木村牧場の豚肉を無料で食べることができましたし、津軽の中華そばも美味しくいただきました。ついでに、晩飯と晩酌の食材を仕入れて「あるびょん」を後にしました。

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